信頼〜時々昔を思い出してみたりして。
2009 / 11 / 22 ( Sun ) 子宮がん検診を初めてしたら、細胞に異常があるとのことで、再検査になった。まぁ、再検査で問題ないってなる場合も多いみたいだから、そんなに気にしてないけど、とにかく健康ではありたいので、あとは祈るのみ。
20代、特に前半はほんとに無茶をしていたし、体も外も中も傷付けてきたし、言葉にするのはマナー違反な気がするけど、ほんとにいつ死んだっていいと本気で思ってて、オーバードーズして意識を失って病院へ運ばれてたような人間が、ここまで生きることに執着できるものなんだって思うと、きっかけさえあれば、誰だってどうにでも変われるんだと思う。 でもやっぱり、今でも時々、あっこういう考え方ってボーダー的?とか、ふと思ったりすることもある。そういう時は、そんな自分を受け入れつつも、他人の話に耳を傾けること。ボーダーライン全盛期だった頃は、自分、自分、自分で、人の顔色は伺いまくるくせに、人の価値観を受け入れることはできてなかった。 自分も他人も信頼することがけっこう大事に思う。 |
圧力〜ハゲから学ぶこと。
2009 / 09 / 13 ( Sun ) 幸せなんですが、そこそこ順調なんですが、ハゲました。後頭部に500円玉強。
脱毛って言ったらストレス?って誰からも言われるけど、ストレスなんて感じてない、というか、感じてたとしても人並み程度なので、何でか分からなかった。何か悩みがあるの?とか会社の人にも言われたけど、今一番悩んでることって言ったら、このハゲた頭のことな訳で。 辞書で調べると、ストレス=圧力、圧迫、強制、緊張・・・とかあって、別にそこまで生活に圧迫感を感じたりはしてないんだけど。今の生活のどこにハゲるほどのストレスが!?と考えて、経験者に聞いてみた。聞いた話によると、ストレスでハゲる、所謂、円形脱毛症ってのは、ストレスを感じたらすぐにハゲるんじゃなくて、感じてから3ヵ月後にハゲるそうな。つまり、今のハゲの原因は3ヶ月前にあるってこと。3ヶ月前っていうと、会社入ったばっかりだったから、ストレスというか、不安はあっただろうなと思って、なんとなく納得。 前にお母さんに言われたことがあるけど、まいちゃんは小中学校の時病気になったりとか、摂食障害の期間が長いから、不健康な状態に慣れ過ぎてて、普通の人が体調悪いって感じるレベルなのに、それが普通になってるって。言われたのは何年も前で、まだ摂食障害だった頃だったと思うけど、ほんとにそうだった。あの頃は、薬をしょっちゅう乱用してたのもあって、毎日ちょっと歩くだけでも息苦しくて、ダルくて、座ってても骨が当たってお尻がズキズキして、でもそれが普通だった。それを体調不良とは感じてなかった。わたしにとっては、それが「普通」だった。 ちょっと違うのかもしれないけど、自分では大したことないとか、まだ頑張れるとか、思ってても、それって傍からみたら無理してるんなら、それが正しいのかもしれない。わたしは思い込みが激しい方だと思うので、仕事してても、ちょっと落ち込んだり腹が立ったりしても、こんなくらい大丈夫だ!って思えば、全然平気になってきて、それってすごく便利なんだけど、上っ面ごまかしてるだけじゃ、いつかそれが爆発するのかもしれない。 新しい環境に馴染むのが得意じゃないくせに、得意振るところがあって、いい子に思われたい根性は人一倍強くて、けっこう心の中はドロドロしてるのに、純粋振るところがあって、その振りに少し疲れたのかも。でも、今更生き方変えるのって結構パワー使うよなー。この20数年付き合ってるブリッコ根性から脱却するのは、至極難儀。 |
自分〜根本は変わらないんだなっていうこと。
2009 / 05 / 10 ( Sun ) 再就職先が決まった!時代に逆行して派遣だけど。時給1600円につられた自分が間違いなく、少なからず、いたわけだけど。とりあえず、1ヶ月の有休と半月の無職期間を満喫できたので、11日から初出勤だけど、頑張ろうと思う。普通のOLです。今まで車通勤してたけど、初めての朝のラッシュに、今から少しドキドキしてる。彼とは生活時間が合わなくて、すれ違い生活になることに、不安もあり。
けど、自分で決めたことなので、仕事も何でもそうだけど、責任を持とうと思う。失敗しても人のせいにするのは絶対やめようと思う。 ゴールデンウィークは1泊だけ実家に帰って、家族とプチ観光旅行してきた。雲洞庵っていう直江兼続が幼少期学んでいた寺。私は天地人も観てないし、歴史はその辺の小学生より無知なので、なんの興味もなかったけど、実家はみんな天地人病で、わたしが帰った日も日曜だったから、みんなでテレビ張り付き。 私、前の仕事してる時、仕事はすっごくハードで、仕事以外のことを結構犠牲にもしてきてたけど、それでもうまくやれてる自分に、私ってやっぱり強い人間だ、みたいな変な自信をコソコソ持っていて(他人から見たらコソコソしてないかもしれないけど)だから辞められたんだと思う。辞めたって、私ならどこでもやってける!みたいな。根拠無き自信。 でも、仕事っていう鎧無しで横浜に来て、真剣に自分がどうしたいのかとか、どうなりたいのかとか、考えると答えなんて簡単には出てこなくて、目先のしたいことはすぐに答えられるけど、もっと長いスパンで考えた私の人生設計みたいなもの、そういうのが難しい。多分こうなってくんだろうなーってのはあっても、こうなりたい!!っていう強い信念みたいなのは無い。優柔不断だし、後ろ向きだし、実力ないのにプライドは高いし。自分のそういうモヤモヤした黒い部分を、白くはできずとも(白い人も不健康に思う)もう少し薄められたらいいなーって思う。 今はまだやっぱり、自分自分自分って自分のことばっかり考えてしまうので、もっと周りの人のことも本気で考えることができれば、強い人間って、今よりは言える気がする。 全然うまく言えないけど、「あぁ、まだ修行中だったんだ、あっそっか、そりゃそーだ!」っていう気付かなきゃいけないことの中の一つに気付けた感じ。 でもでも、わたしの場合、そういう信念はだんだんと自分自身への脅迫みたいになってくるので、こんな感じで少しゆるい調子でいた方が、私と私の周りの人のためのような気もする。 あっそういえば、横浜にきて、下着を3セットも盗まれてしまいました。タオルで囲ってたのに!買い物に30分くらい出ただけだったのに!やっぱり都会は怖い |
自由〜先が見えないのは怖い。
2009 / 04 / 01 ( Wed ) 初めて横浜から。引っ越してやっと1週間ちょっと。20日までは有休で、仕事しかしてない毎日から、仕事のない毎日になった。で、何してるかって言えば、ハローワーク行ったり、ジム行ったり、ご飯作って、掃除して、洗濯して。たまにこっちにいる地元の友達に会ったり。それなりに、満足してるんです、今の生活。好きな人と一緒に眠れることは、ほんとに幸せなことだと思ってるんです。
ただ、とにもかくにも、転職に悩んでるってこと。職が無いっていうので悩んでるんじゃなくて、自分の中の優先順位がブレにブレて、人の意見に影響されながら、定まらなくて、悩むこと自体は正常な気がしてるけど、今更ながらに、やっぱりわたしって自分が無い。 なんというか、ある枠の中ではうまいこと自由にやれるようになったけど、その枠すらない自由は、自分のしてることに自信が持てなくて、こっちに進んではみたものの、これでいんだろか?って不安になってくる。自由って、凄く責任が重くて、それも完全なる自己責任で(まぁ、何事も責任は自分にあるんだけど)自由過ぎて自由にできないっていう、悪のスパイラル。 でも、このもう一生無いかもしれない1ヶ月の有休を無為に過ごしたくないので、せっかくだからもうちょっと悩んで、わたしってどうしたいんだ?どうなりたいんだ?って、考えてみようと思う。 |
防衛〜漠然と、ただなんとなく、不安。
2007 / 08 / 05 ( Sun ) 昨日は休みだったんだけども、午後から会社に行って仕事。自分の仕事しに行ったつもりだったけど、後輩に色々聞かれて、先輩にページ構成の相談されて、予定通りにはいかず。お盆明けの部署の飲み会の回覧が回ってきたので、不参加の×印を付けて次の人に回したら、「え!?まいさん来ないんですか!?」なんて言われて、「喪中なんで・・・」と答える。実は仲良しのパートさんたちがみんな欠席なので、行きたくないが本音。そういうのも全部含めて仕事なんだと割り切ってたつもりだけど、今の部署内の雰囲気は悪過ぎて関わりたくないぜ!!ってのがより本音。
何がどうしてこんな風になってるのか分からないけど、上司にも「○○さんは□□さんのこと嫌いなの?」とかよく聞かれたり「まいさんは人間関係で嫌になったりしないの?」とか聞かれたり。変な会社。人が多いとこういうものなのか? 悪口が多いのは昔からのような気がするけど、最近の若者(いや、年齢問わずなんだけど)はなぜだか不満を上司に報告にいくようで、それを聞いた上司は自分の立場を考えてなのか、なんとかしようとしてる素振りだけは見せてる。なんだか辛口だけど、会社なんてみんな口では「あの人嫌われててかわいそうだよねぇ」って言いながら、自分は言われないようにしてる様が滑稽。 あたしはと言うと、とにかく自分の防御に精力を注いでる誰よりズルい奴なので、人の悪口には極力参加しない。「まいさんは優しいですよね」って言われるけど、優しいから言わないんじゃなくて、不満を会社で吐かないことが最大の防衛策だと思ってるからなだけなんだよ。みんな勘違いしないでおくれ。 あたしだって、喋るのも嫌なほど嫌いな人も、近くに寄るなと言いたくなるくらい嫌いな人もいる。隣のデスクの後輩が大した仕事も出来ないくせに「この会社のレベル低過ぎて〜」とかなんとか言ってるの聞く度に、耳を塞ぎたくなることもある程、心が狭い。 でも、あの人がこんなこと言ってましたとか、あの人のことこんな風に言ってましたとか、上司に言っても解決できる可能性は20%くらいなもんで、そのせいで自分がそういうことを言う人間だと思われる方が怖い。あたしにしたら、お昼休みに人のミスをみんなに言いふらしてる人の方が、ミスした本人より株大暴落させてる気がする。みんな人の噂は好きだから、その場は盛り上がるかもしれないけど。 そんな一瞬の盛り上げのために、自分の株が下がってくなんて損。結局、自分の株を上げるには人を自分より低くすることより、自分が高いとこに行かなきゃダメなんだと思う。 偉そうなことを言いながら、あたしも自分より仕事の出来ない人を見て、間違った変な安心感を感じたりすることもあるんだけど。そういうのを自分の中でうまく正当化しながら生きてる気がする。 とりあえず、査定はまずまずだったらしく、基本給がアップした。よく分からない手当も付いて、お金に大して執着はないけど、他人の評価に過敏な性質なあたしとしては、小さな安堵。 今日はいつもの通り、おじいちゃんとおばあちゃんとこに行って、買物したり、洗濯物たたんだり。お盆に、お母さんの兄弟が帰ってくるので、みんなでビールを飲むのを楽しみにしてるおじいちゃんのためにも今週も頑張らねば。 今月から10月まで、商談が毎日数社と入ってて、こういうのが大大大不得意なあたしには大きく負担なんだけど、そんな時は「あの時の方が100万倍は辛かったじゃないか」って、自分にエールを送る。 BGMに聞こえてくる花火の音が、色んな事を思い出させるけど、過去は変えようがなく、明日はどうやってもやってきて、数時間後にはあのデスクに座ってるんだ。でも、なんであれ明日があるのは幸せなことじゃないかと、思う。 なかなか、不安の影は消滅してくれない。なぜだか自分を切りつけたくなる感情も、明日なんかこなけりゃいいと思う気持ちも、そういうマイナスな思いが時々あっても、日常の波に乗っちゃえば忘れてしまうはず。 負けないように、枯れないように、だな。 テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体 |
葬儀〜そこから見守っててね。
2007 / 08 / 02 ( Thu ) 日曜日、入院してたおじいちゃんが亡くなった。
最近は毎週お見舞いに行ってたし、最後に話をしたのは地震のあった日だった。あの時もかなり衰弱してたし、何よりもダルそうだった。もう長くはないって、先生からも言われてたし、本人の希望もあって、先週の半ば退院した。あたしは一緒には住んでなくて、従兄妹のうちで介護ベッドも用意して、やっと自宅に帰ったけど、自分がいつも寝てた布団の方が良いって言って、結局ベッドは使われないまま。 退院してからは、特に辛かったみたいで、痛過ぎて身のやり場もないくらいだったそうだ。痛み止めも効かない状態で、元々痩せてたけど、ほんとに骨だけしかない状態。お母さんが毎日お見舞いに行ってたけど、「また来いよ、俺は死なねぇっけな」ってのが最後に交わした言葉だったみたい。 あまりにも辛そうってことで、息子であるお父さん達が話し合って、モルヒネを打つことにしたんだと思う。この辺のことは、あんまり突っ込んで聞いてないけど、お父さん達3兄弟の苦渋の選択だったんだろうと思う。打てば、痛みは取れるけど、どうなるかは素人にも推測できる訳で。あたし個人の考えは、モルヒネで痛みが取れても、意識が朦朧として、誰が誰だかも分からなくなるなんて絶対嫌なんだけど。でも、それは末期ガンの痛みの苦しみを知らないから言えるのかもしれない。最後くらい安らかにとも思えるから。 結局、そのために再入院になったので、土曜日お見舞いに行ったけど、その時にはもう意識は朦朧としてて、時々目が開いても、見えてないような感じだった。ただ、手を握ると握り返してくれる時があって、それだけが心の救い。次の日の日曜も、お母さんの方のおじいちゃんちに行ってから、お父さんの方のおじいちゃんが入院してる病院へ。 明らかに、昨日よりも弱ってるのが分かって、それだけでも泣きそうだった。午後からどんどん呼吸が弱くなっていくのが、ベッドの横で見ててよく分かった。ただ耳元で「おじいちゃん!!」っておっきな声で呼ぶと、目を開けてくれることが何度かあった。焦点はあってないような感じだし、目の色も明らかに普通ではない色なんだけど。 病院から、ご家族の方を呼んでくださいって言われて、仕事中のお父さんにお母さんが電話した。あたしはずっとベッドの横で手を握ってたけど、目が開きっぱなしになって、顔色がどんどん変わって、そのうち呼吸が止まったのが分かった。看護婦さんが来て「呼吸が止まってますね、先生を呼んできます」って言って、数分後来た先生が「6時3分、ご臨終です」って言って、終わった。 涙がボロボロ落ちてきて、止まらなかった。お父さんは結局間に合わなかった。 月曜、火曜は通常通り仕事をして、水曜日はお通夜、今日は告別式だった。受付をしてたので、忙しくて悲しむ暇もない感じだった。お通夜は300人以上の人が来てくれた。お棺に花を入れる時に、いつもの帽子とサングラスをつけてるおじいちゃんの顔を見たら、また涙が止まらなくて、火葬場まで泣いたり、こらえたり。 火葬場では他の人もみんな泣いてた。おじいちゃんは、あたしが病気(って言っていいものなのか分からないけど)だってこと、なんとなく分かってて、お母さんに「なんでいっぱい食べちゃうんだろうなぁ」なんて言ってたことがあったみたい。入院した時も、お見舞いに来て、何も言わなかったけど、ものすごく心配掛けたと思う。 当たり前だけど、人はいつかは死んで、骨だけになってしまうんだって、納骨の時に涙をこらえながら思った。おじいちゃんは一緒には住んでなかったけど、うちの庭の手入れが生きがいみたいな人だったから、元気だった頃は毎日うちに来てた。今はもう思い出しか無くて、顔を見ることも話すこともできないんだって、当たり前だけど、それが言葉にできないくらい悲しく思う。 とにかく、それでも、明日会社に行けば、いつもの通り忙しい時間の流れに飲み込まれるんだろうなと思う。 |
嘔吐〜便器に向かって蘇る記憶。
2007 / 07 / 30 ( Mon ) 金曜の夜、会社のパートさんの送別会だった。部署全員で送別会はしないってことになったので、仲良い人たちだけで。既にこのメンバーも辞めた人がどんどん増えてってるけど、辞めて1年経つような人も、呼べば来てくれる。
元々、お酒が弱い方ではないので、結構飲んでも大丈夫なんだけど、6杯目(全部生ビール)だったかで、目の前がクラクラしちゃって、パートさんに「顔真っ青だけど大丈夫?」って言われるくらい自分でもヤバいって思ってた。ただ、場の空気を壊すのは嫌だったので、「大丈夫でーす」ってそのままトイレへ。 久々に嘔吐。 って言っても、本気で気持ち悪くなって、自然嘔吐なんだけど。吐く瞬間も気持ち悪いけど、朦朧としながら、昔の記憶が蘇る。必死に血まで吐いても、指を突っ込んで吐き続けてた頃を思い出した。そのことが気持ち悪いのか、アルコールが気持ち悪いのか、分からないけど、とにかく気持ち悪かった。 お酒飲んで吐いたのなんて、4年振り?くらい。疲れてたのかもしれない。吐いても立てないくらい気持ち悪くて、けど席にいつまでも戻らないからみんな心配してトイレ来るし、かなりの大迷惑野郎。しかもその居酒屋が小さい店だったので、トイレが1つしかなくて、他のお客さんも「すみませーん」ってドアの前で待ってる状態。 気持ちはとにかく焦るし、出なきゃとは思うけど、気持ち悪過ぎて立てない。後輩も先輩も外で「大丈夫?」って言ってるし、どうしようもないので、鍵を開けて、後輩にもたれかかって、外のベンチへ。 結局、飲んでなかった先輩が家まで送ってくれた。送別会主役のパートさんと後輩に両肩もたれかかりながら。とんだ迷惑女な夜。 次の日、気にするなねってメールが来たり、今日も「大丈夫だった?」ってみんなに言ってもらって、ほんとにごめんなさいって平謝り。いつまで続くか分かんないけど、しばらく禁酒。「また今度食事でもご飯でも行こうよ」って言われたのが、嬉しかった。 いや、ほんと、みんな優しくて。あたしは、ここ数年間特に、他人に対してなかなか安定した感情を持てずに生きてたので、今のように人に優しくされたり、したりできることが、ほんとに嬉しく思う。 いい歳して、あんな状態になるような人にはなりたくないもんだって、今まで色んな人見て思ってきてたのに。帰りの車の中で「ストレスたまってるんじゃない?」って言われたけど「いや、そういうんじゃないんです」って答えた。でも、飲んでる最中に別の人には、「まいさんって楽しそうに仕事してるよね」って言われて、そっちの方が心配されるよりも嬉しかった。そう思われた方が気が楽。ほんとの気持ちなんて、分かってほしい人にだけ分かってもらえれば、十分だ。それも簡単じゃないこともあるけど。 実際、仕事に関する悩みも不安もイライラもあるけど、それって当然だと思うし、これをストレスと呼ぶなら、無い人なんて数少ないはず。無くす努力も大事かもしれないけど、解消策を練らなきゃ生きていけないやって、車内で吐かないように渡されたゴミ袋に顔を突っ込みながら考えた。結局、あたしには家族に話すことと、ピアノを弾くことしか、今は思い浮かばない。それで十分とも感じてるんだけど。 |
偽物〜本物って何?
2007 / 07 / 23 ( Mon ) 最近日曜は、お母さんの実家のおじいちゃんとおばあちゃんとこ行って、お父さんの実家のおじいちゃんが入院してる病院に行って、親戚のおばあちゃん2人暮らし宅に行くってのが通例。行く場所は3か所。用がある時はお母さんの実家だけとかなんだけど。
昨日の日曜は珍しくまたも家族全員の休みが一致して、お父さんと車のお祓いに行く予定だった。あたしはよく分からんのだけど、車って買ったらとりあえずお祓いなの? っていう予定だったけど、入院してるおじいちゃんが退院したいって言ってるって訳で、お父さんが実家まで送ることになって、計画中止。おじいちゃんは、実は末期ガンだ。もはや、抗ガン剤に耐える体力無いし、歩くことも、まともに食事を摂ることもできない。入院してるけど、結局、痛み止めを飲んでるだけ。お盆までは無理だろうって言われてる。 おじいちゃんが帰りたいって言うなら、そうするのが一番良いんだと思ってた。けど、よくよく聞いてみると、退院を病院側から促されたようだ。結局、手術もしない、検査もしない、点滴もしないような末期ガンの老人はお金にならないので出ていってくれってことのようで。病院も経営していかなきゃいけないから、儲けを考えるのは当然だと思うけど、着替えの服が無いおじいちゃんに看護婦さんが「荷物は残さず全て持ち帰ってください」とか「それは病院の服なので置いていってください」とか冷たくねぇ? 看護婦さんも殺人的スケジュールで仕事してるんだろうから、いつでもどこでもナイチンゲールって訳にはいかないんだろうけど。あたしも忙しい時は後輩に対しても、メーカーに対しても、素気なくなりがちで、あとから"あっ・・・"って思うんだけど、自分が気付いてないとこで誰かを傷付けてるかもしれない。 気付けてすらいないことがなにより残酷。後輩が、まだ一部の人しか知らないけど、来月でクビになる。社長直々に、かなり酷いことを言われたみたい。確かに、仕事は人より出来ないし、ミスも多い。けど、まだ入社して1年ちょっとだし、これからじゃんって思う部分もあって。その後輩に誰にも言わないでくださいねって言われてるので、誰にも言ってないけど、先輩で知ってる人がいるので、その先輩になんとか後輩がこのままうちの部署にいられるようにできないかって話をした。 30分くらい色々話してて、「確かに仕事はできる方ではないかもしれないけど、本人がもっと頑張るからいさせてくれって強く言えば、上の考えも変わるかもしれない」ってあたしは言ったけど「それって優しさじゃねぇと思う」って言われた。 ズシンときた。辞めたいって人がいると、あたしはいつも誰かれ構わずとりあえず引き留めるんだけど、それが優しさとか思いやりなのか?って聞かれたら、そうですとは言えない。優しいと思われたいあたしのエゴかもしれない。上っ面の偽物の優しさ。辞めたいなら辞めればいいっていう人は冷たいって言われるけど、それが優しさの場合もあるのかもしれない。 どうもあたしの思いやりは、他人じゃなく自分に向いてる気がしてくる。 テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体 |
地震〜とりあえず無事ってことで。
2007 / 07 / 17 ( Tue ) もうテレビでずっとやってるから、知られてることだけど、昨日の午前中、本気で「やばい家が壊れる!!」って思えるほどの揺れを感じた。あたしが住んでるとこは、震源地ではないけど、そこから近過ぎず、遠過ぎずな所なので、家の前の自転車も部屋の物も倒れて、バスタブの水も溢れかえってた。
昨日はお母さんと妹と買い物に出掛ける予定だったので、丁度シャワー浴びようとしてて、脱衣場にいた。揺れ始めてすぐに2階からお父さんが「外に出ろー」って叫んで、とにかく家が壊れるかもって思って、裸足で外に出た。変な話、女の子期間中なのに、お風呂に入る直前だったので、ナプキンも何もつけてない状態で、近所の空き地に近所中の人が集まった。揺れがおさまってから、冷静になってみれば、大出血してて、急いでまた家の中に戻った。 物は倒れたりしたものの、とりあえず、家も家族も無事なので、一安心。テレビつけたら電車もバスも当然ながら運休になってるので、もっと早く出掛けてなくてほんと良かった。たまたま家族全員家にいる時間だったし。もはや買い物どころじゃなく、おじいちゃんとかおばあちゃんの安否が気になって、お母さんが電話を掛けた。 おばあちゃんは、昨日はおじいちゃんが朝から施設に行ってて、一人で家にいたけど腰が痛くて動けなくて、座布団を頭に抱えて、ただただしゃがんで小さくなってたそうな。とにかく怖かったけど、一応本人も家も無事。おじいちゃんは一人は施設だし、もう一人は病院だから、とりあえず安心。おじいちゃんの兄弟のおばあちゃん達も老人2人暮らしだから、心配で電話掛けたけど、大丈夫だった。 買物は止めたけど、しなきゃいけないことはあるので、その後も余震の中、色々あったけど、そろそろ寝なきゃなので、またそのうち更新予定。 この前の金曜日、実は最後の診察だった。その辺のことも含めてそのうち。地震だろうがなんだろうが、会社の流れは止まらないので、今日もサービス残業、そしてお持ち帰り。とりあえず、今日は疲れたので、おやすみなさい。 |
旅行〜先生許して。
2007 / 06 / 16 ( Sat ) 社員旅行から帰ってきた。今日は仕事の人も多いけど、あたしはずうずうしくも休みを取ったので、疲れも取れそう。最初は緊張してたけど、バスの中で喋ってるうちに、ほぐれて。会社からとか取引先から何回か電話が来たけど、車内はカラオケで盛り上がってて、BGMが上司の「ばか言ってんじゃないよ〜♪」で、相手も苦笑いだったのが気になるけど。
そんな訳で、車内もかなり楽しかったけど、旅館が一泊4万円のいい旅館だけあって、プライベートじゃ絶対来れないような高級感も味わえて、みんなで温泉入って、ギャーギャー騒いでお土産決めて、水族館でイルカ見て、また来年もこのメンバーがいいねってお別れした。 お母さんが物凄く心配してて、何回もメールくれたけど、あたしが楽しいよって返信したから安心したみたい。過保護だなぁと思うけど、たかが一泊旅行も心配させるくらい苦労掛けてきたんだなって思う。 そもそも、今回の旅行のメンバーは後輩が主で、日頃仕事の話しかしないような浅い付き合いだったけど、この旅行で色々話せて、距離が縮まった気がする。他の部署の人も、フロア違うから顔も知らないような人ばっかりだったけど、少し話すことも出来て良かった。 そんな訳で旅行は楽しかったので良かったんだけど、ふと気付くと、そういえば今日通院日だった。今の病院も5年目になるけど、遅刻はあってもすっぽかした事は一度も無くて、初めてすっぽかしてしまった。先生には謝ろうと思うけど、それだけもう病院の存在があたしの中で必要の無いものになりつつあるんじゃないかなって思う。 これは勝手に思ってるだけだけど、あたしの人生において、今年の残り半年間は飛躍出来る大事な期間な気がする。また来週から仕事に精力注がなくちゃ。って言いつつ、実は恋愛したいが本音でもある。 テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体 |




